「ん…?」という事にはかなり
並列させたくなかったので分けたが、先稿に続いてもう一つ、震災にまつわる諸々の事柄を述べる。論旨は別にそれだけにこだわる訳でも無いので、あれやこれやと散漫に長くなると思うが、まあお付き合い下さい。あの時を機に気付いた、気付き出した事がもう少しあるのだ。それは筆者が論ずるに、度々(たびたび)名がでてくるある国、韓国(朝鮮半島)にまつわる話。
私や周りの人々がそうであった様に、恐らく多くの方々がそうだろうと思うのが、つい最近になるまで(あの強烈な反日愛国主義を含めて)この韓国についての事などほとんど知らなかっただろうという事。筆者にしても本当に、ここで言う「気付き出した」頃以前については正直、韓国のかの字のほどの記憶も見当たらない。別に厭味でも何でもなく。
掘り起こして何とか出て来るのが、教科書だ何だと問題になる強制連行だとか従軍慰安婦だとかのキナ臭い話(これらは須らく歪曲と捏造の所産だった)や、道徳だったと思われる学校授業の一環で見せられた「差別問題」のビデオだろうか。確か、着物に似たを服を着た女性が出ていた様な気がし、今思えばあれがチマチョゴリだったんだと分かる訳で、つまりは「同和・在日・外国人差別」にまつわる「教育」だったのだと。これに限らず学校の教材ビデオなんぞに興味を引くものなどほとんど無いので、私に限らず大半の者がロクに観てもいなかった様にも思う。
以前にも触れたが、この手の「差別」問題に言及するのは正直今でも気が重い。その時にも指摘した通り、「差別」なる言葉に妙な、オドロオドロしい、キナ臭い臭いが付き過ぎているためだ。だがまあ、色々な問題を内包しているし、民主主義社会における風通しの良い言論空間を作る為にはいちいちタブーをこしらえて見過ごしていてもいけない。腹を割って話してみようと思う。
当時の私の感覚と言えば、
「差別差別言わん方がええんちゃうの。大体そんなん知らんし、(差別)する気も無いし。好きな人は好き、嫌いな人は嫌い。そんだけやん」
といったものだった。と思う。
それでも親しい人に大人でも「ほんでもワイ(わし、私)はキレー(きらい)や。悪い事するやつ、ようけ(沢山)おるし」と言っていた人がいたのも覚えている。そんな会話も「ふ〜ん」くらいで終わった様な気がする。
家庭で思想や宗教教育をされた覚えもほとんどないのだが、この辺の感覚は家庭環境や個人的経験則に大きく影響されるとも思うがどうだろう。とにかくこれについての私の考え方は今でも大した変わりは無い。変わった点といえば、「知らなかった」のが「知った上で」に変化したという事くらいだろう。
だからという訳ではないが、私は進歩的知識人などと気取る左巻きのインテリの様に、「差別はいけない!」「友好友好!」と必要以上に無理矢理ベタついて『どうですか?私は良識的な人間でしょう?』といった顔を振りまく様な真似は死んでもしたくない。
総じてあの手合いは、『そんな自分が好き』なのだ。そうして実は、そうでない人を馬鹿にし、被差別対象の人を哀れみ、自分だけを『一つ高み』に置き差別している。本当に気持ちの悪い連中だと感じる。まあそれも、エセ人権をダシに一緒になって利益や利権を追い回しているうちに本人ももう何が何だか分からなくなっているのかも知れないが。
そういえば、私は偽善的なもの、嘘臭い誤摩化しや歪曲は昔からひどく嫌いだったか。
そりゃあ生きていれば色々目にする訳で、例えば『パチンコは賭博』で『風俗・援助交際は売春』、『消費者金融は高利貸し』で『自衛隊は軍隊』で。『九条って何?』(まあ、本気ですかと)。靖国神社参拝でギャーギャーギャーギャー『私的参拝ですか?公的参拝ですか?』って『あなたは2重人格ですか?』って聞いてるんですかと。それをさも「高尚な問題」を扱ってるかの様なシタリ顔の記者が、若造の目にすら鬱陶しく映ってね。どこからどう見ても『公明党は創価学会で宗教団体』で。『大学に行けば遊べる』って何ですか。『記憶にゴザイマセン』ってあんたナメてます?『社会党or共産党は平和の党です』ってもう、、、(笑
まあこういった事も、考え方が変わっていった要因の一つ、、多くである。
で、本筋に戻してゆくが、
(韓国について)少なからず認知度が上がったと思われるのが、ゴリ押し、無理矢理の2002年日韓共催サッカー・ワールドカップ、この辺りからではないかと思う。そして同期するかの様に無理矢理でっち上げられる偽装韓流ブーム。結果、見せかけ偽りの偽善的友好を見せ付けるこの誘導は少なからず「政府の意向方針」であったろうと私は思う。
この部分について別にまとめるつもりだったが先に少し書いてしまうが、それを受ける自己保身と利益にしか目がない無節操な組織・企業のNHK、そして電通。この両者ともが、減収から脱却する為にアジア、韓国でのビジネスをも模索している。追随するメディア。驚喜して飛びつき、無茶をしてまわる半島(韓国/北朝鮮)系の組織(主に民族団体や宗教団体)や企業。概ねこれが、ここ最近の、例えば偽装韓流ブームに代表される総体的日本文化圏の感覚、センスからは疑問符ばかりが付くムーブメントそのものや礼賛に対する「どこがイイの?」と言われる『何で韓国?』という流れの実体だろう。
(※まさに先陣を切ったNHK。暗躍する電通は、例えばヤラセで問題になった内閣府主催のタウンミーティング等をも請け負っている。バウネット・ジャパン〈戦争と女性への暴力・日本ネットワーク〉なる強烈異様な団体に関する番組制作に端を発した、朝日の恣意的歪曲報道「安倍・中川両氏の政治的圧力」なるとばっちりから、朝日vsNHKの泥仕合への本質的問題、根源たる影の忍び寄りが大問題であるにもかかわらず、焦点をずらすその対処法など諸々に見られる様、彼らの体質的問題点とは自己保身と利益、無節操さにこそあると筆者は見ている。ゆえに世間一部に言われる様な「思想的売国」ではなく、ケースバイケースよる『御用・売国の両輪ござれ』なのだ。偽装韓流ムーブメントに関して、追随するメディアについては最早いわずもがなだが、逸早くフジがスマップであぶれる某タレントを起用し、全編ハングルによる妙な番組を始めていたのも頷ける。ちなみに筆者が先稿にて指摘した「デスノート」の意味不明な韓国絡みも、該当局日テレをプレスリリース等少し調べれば即座に理解できる。「相互」を強調しながらの韓国市場への参入は、以降展開する諸々の分析と符合する。無論、これらはアジア、世界をも視野に入れた戦略の一つである。結果、例えばその電通の売上とは丁度その辺りから回復傾向にあり、新市場の開拓と共に顕著な伸び率を示すのがそう、「アジア市場」だ。)
並列させたくなかったので分けたが、先稿に続いてもう一つ、震災にまつわる諸々の事柄を述べる。論旨は別にそれだけにこだわる訳でも無いので、あれやこれやと散漫に長くなると思うが、まあお付き合い下さい。あの時を機に気付いた、気付き出した事がもう少しあるのだ。それは筆者が論ずるに、度々(たびたび)名がでてくるある国、韓国(朝鮮半島)にまつわる話。
私や周りの人々がそうであった様に、恐らく多くの方々がそうだろうと思うのが、つい最近になるまで(あの強烈な反日愛国主義を含めて)この韓国についての事などほとんど知らなかっただろうという事。筆者にしても本当に、ここで言う「気付き出した」頃以前については正直、韓国のかの字のほどの記憶も見当たらない。別に厭味でも何でもなく。
掘り起こして何とか出て来るのが、教科書だ何だと問題になる強制連行だとか従軍慰安婦だとかのキナ臭い話(これらは須らく歪曲と捏造の所産だった)や、道徳だったと思われる学校授業の一環で見せられた「差別問題」のビデオだろうか。確か、着物に似たを服を着た女性が出ていた様な気がし、今思えばあれがチマチョゴリだったんだと分かる訳で、つまりは「同和・在日・外国人差別」にまつわる「教育」だったのだと。これに限らず学校の教材ビデオなんぞに興味を引くものなどほとんど無いので、私に限らず大半の者がロクに観てもいなかった様にも思う。
以前にも触れたが、この手の「差別」問題に言及するのは正直今でも気が重い。その時にも指摘した通り、「差別」なる言葉に妙な、オドロオドロしい、キナ臭い臭いが付き過ぎているためだ。だがまあ、色々な問題を内包しているし、民主主義社会における風通しの良い言論空間を作る為にはいちいちタブーをこしらえて見過ごしていてもいけない。腹を割って話してみようと思う。
当時の私の感覚と言えば、
「差別差別言わん方がええんちゃうの。大体そんなん知らんし、(差別)する気も無いし。好きな人は好き、嫌いな人は嫌い。そんだけやん」
といったものだった。と思う。
それでも親しい人に大人でも「ほんでもワイ(わし、私)はキレー(きらい)や。悪い事するやつ、ようけ(沢山)おるし」と言っていた人がいたのも覚えている。そんな会話も「ふ〜ん」くらいで終わった様な気がする。
家庭で思想や宗教教育をされた覚えもほとんどないのだが、この辺の感覚は家庭環境や個人的経験則に大きく影響されるとも思うがどうだろう。とにかくこれについての私の考え方は今でも大した変わりは無い。変わった点といえば、「知らなかった」のが「知った上で」に変化したという事くらいだろう。
だからという訳ではないが、私は進歩的知識人などと気取る左巻きのインテリの様に、「差別はいけない!」「友好友好!」と必要以上に無理矢理ベタついて『どうですか?私は良識的な人間でしょう?』といった顔を振りまく様な真似は死んでもしたくない。
総じてあの手合いは、『そんな自分が好き』なのだ。そうして実は、そうでない人を馬鹿にし、被差別対象の人を哀れみ、自分だけを『一つ高み』に置き差別している。本当に気持ちの悪い連中だと感じる。まあそれも、エセ人権をダシに一緒になって利益や利権を追い回しているうちに本人ももう何が何だか分からなくなっているのかも知れないが。
そういえば、私は偽善的なもの、嘘臭い誤摩化しや歪曲は昔からひどく嫌いだったか。
そりゃあ生きていれば色々目にする訳で、例えば『パチンコは賭博』で『風俗・援助交際は売春』、『消費者金融は高利貸し』で『自衛隊は軍隊』で。『九条って何?』(まあ、本気ですかと)。靖国神社参拝でギャーギャーギャーギャー『私的参拝ですか?公的参拝ですか?』って『あなたは2重人格ですか?』って聞いてるんですかと。それをさも「高尚な問題」を扱ってるかの様なシタリ顔の記者が、若造の目にすら鬱陶しく映ってね。どこからどう見ても『公明党は創価学会で宗教団体』で。『大学に行けば遊べる』って何ですか。『記憶にゴザイマセン』ってあんたナメてます?『社会党or共産党は平和の党です』ってもう、、、(笑
まあこういった事も、考え方が変わっていった要因の一つ、、多くである。
で、本筋に戻してゆくが、
(韓国について)少なからず認知度が上がったと思われるのが、ゴリ押し、無理矢理の2002年日韓共催サッカー・ワールドカップ、この辺りからではないかと思う。そして同期するかの様に無理矢理でっち上げられる偽装韓流ブーム。結果、見せかけ偽りの偽善的友好を見せ付けるこの誘導は少なからず「政府の意向方針」であったろうと私は思う。
この部分について別にまとめるつもりだったが先に少し書いてしまうが、それを受ける自己保身と利益にしか目がない無節操な組織・企業のNHK、そして電通。この両者ともが、減収から脱却する為にアジア、韓国でのビジネスをも模索している。追随するメディア。驚喜して飛びつき、無茶をしてまわる半島(韓国/北朝鮮)系の組織(主に民族団体や宗教団体)や企業。概ねこれが、ここ最近の、例えば偽装韓流ブームに代表される総体的日本文化圏の感覚、センスからは疑問符ばかりが付くムーブメントそのものや礼賛に対する「どこがイイの?」と言われる『何で韓国?』という流れの実体だろう。
(※まさに先陣を切ったNHK。暗躍する電通は、例えばヤラセで問題になった内閣府主催のタウンミーティング等をも請け負っている。バウネット・ジャパン〈戦争と女性への暴力・日本ネットワーク〉なる強烈異様な団体に関する番組制作に端を発した、朝日の恣意的歪曲報道「安倍・中川両氏の政治的圧力」なるとばっちりから、朝日vsNHKの泥仕合への本質的問題、根源たる影の忍び寄りが大問題であるにもかかわらず、焦点をずらすその対処法など諸々に見られる様、彼らの体質的問題点とは自己保身と利益、無節操さにこそあると筆者は見ている。ゆえに世間一部に言われる様な「思想的売国」ではなく、ケースバイケースよる『御用・売国の両輪ござれ』なのだ。偽装韓流ムーブメントに関して、追随するメディアについては最早いわずもがなだが、逸早くフジがスマップであぶれる某タレントを起用し、全編ハングルによる妙な番組を始めていたのも頷ける。ちなみに筆者が先稿にて指摘した「デスノート」の意味不明な韓国絡みも、該当局日テレをプレスリリース等少し調べれば即座に理解できる。「相互」を強調しながらの韓国市場への参入は、以降展開する諸々の分析と符合する。無論、これらはアジア、世界をも視野に入れた戦略の一つである。結果、例えばその電通の売上とは丁度その辺りから回復傾向にあり、新市場の開拓と共に顕著な伸び率を示すのがそう、「アジア市場」だ。)
その上で、こと韓国市場戦略についてはっきり言うが、確かに売上は上がるだろう。だがこれらのどれもがお粗末さと異様さを強烈にさらした失策に近い。では誰も(多くの人々)がその首を傾げる程の不可解さ、異様さを露見させる結果に、何故こと韓国についてはこうなってしまうか。その原因と言えば、もう何度も何度もしつこいくらいに書くが、とにかくあの国を覆っている異様な闇、「反日愛国主義」なる病、中毒症状を理解していなかったという点に尽きる。いや、ある程度の理解があったゆえの譲歩、その方針だったに違いないが、それもかの国を覆う「反日愛国主義」の異様さがその想像を軽く超えていたという事だろう。
ただ、多くの国民がほとんど全く知らなかったその異常さをマザマザと見せ付けるのは、あるいは「このままではマズい」という警鐘を鳴らすという意味での策かと考えられなくもないが、よもやあの森、小泉前首相がそこまで深い策を練るとも考えにくい。そもそも、であるなら「皇室典範改正問題」や「実はアメリカンスタンダードであるグローバルスタンダードなる詐術」に騙くらかされ、ホリエモンや村上の様な連中の元祖たるファンド・ペーパーカンパニー(ハゲタカ)らに『三角合併』等に見られる「日本企業を叩き売り状態でみすみす乗っ取らせかけた」様な事象は何だったのだ、という事だ。従軍慰安婦(実にタチの悪いイチャモンで捏造)やら靖国神社参拝問題(大きなお世話)なども、はっきり事実や立場を内外に説明し分からせておけば良い事なのだが、結局確たる思索や知識が無いから、「心の問題」などと外国人にはまず絶対に良く分からん様な説明に終止し、ギャーギャー騒がれる中参拝せねばならなくなる。
これについてまた少し寄り道する。
従軍慰安婦、これは既述した通り、軍人さん目当てに付いて回る売春業者の商売行為であり、それを何でもかんでもゴチャ混ぜにして嘘をついてはいけない。須らく官製売春など無い。性奴隷だなんて物凄い言葉を使うが、ならばその娼婦の方が士官、下手をすれば将校の年収より余程も稼いでたのを知らないで言っているなら随分ではないだろうか。
確かに売春、今で言う所の風俗は悪い事かも知れない。しかし今現在ですら売春(風俗)が無い所なんて世界中にありますか?これだけ豊かになった日本やアメリカ、欧州や、それこそ韓国や台湾、チャイナでだって無くなりはしない。むしろ山の様にあるさまは確かに人間の醜い部分だろうが、それはもう業、人だからとしか言いようがない。
もしそこからも焦点をすり替えて、その民間売春があったのが許せないと言い出すのならば、その「人の業」そのものをどこか一つだけの国に被せ、ピンポイントに非難攻撃するのはフェア、公平じゃないのではないですか?と言いたい。そんな意地汚い事ばかり言っているならばいずれ、ベトナムや朝鮮戦争当時の韓国北朝鮮のそれ、国共内戦、文革やら国内外人権問題(このチャイナの問題は過去でなく現在進行形なので絶対にやめさせねばならないと強く思うが)など、ツツかれたく無いだろう事柄も持ち出される様になるだろうと思う。
だけど、そんな不毛な争いをして何になる、余計な恨みつらみを増やすだけだ、と私は思うのでね。
また靖国神社参拝については、
やれ分祀だA級だB級だと、これについても反論出来る事は山ほどありますが。大日本帝国時代の植民地(この認識も違う)の御先祖様を勝手に祀(まつ)るな、と言われても困惑してしまう。だったらその御先祖様の気持ちはどうでも良いのですか、と。
あのアジア、アフリカを始めとした有色人種にとって受難の連続だった時代に、色々ありながらも共に戦った御先祖様達の想いや気持ち。それはどうでもいいのかな。今となってはその御先祖様達の言葉を直接聞く事も出来ないけど、未来を預かるその子孫として、感謝しお祈りを捧げるのがそんなにも迷惑ですか?
私にはそうでない様にも感じ、そう思う時、ああ、本当は仲間なんだよな、仲良く出来ないものかと優しい気持ちで捉えられるんだけれども。
まあ、私としては、そんな細かい事も本来どうでもいいんです。ただあまりにも不条理な言い掛かりには黙っていられないというだけで。
帝国当時も何系民族も関係無く御先祖の皆様が平等に祀られている。それでいい。
我々は長い歴史の中の一時期であるあの時代、御先祖様達が苦労された諸々の上で今を生きている。今があるのを感謝し、また辛く悲しい出来事は二度と繰り返したくないと、その歴史を風化させぬ様に心に留めておく。それだけだ。
しかしそれも、ただただ残念なのが、「どうか安らかに…」とはとても言えないくらいに騒がしく喧しい事自体に他ならない。
だいたい、神道に限らず日本の宗教観ってのは本来もっとおおらかなもんだと思う。例えばうちには、神棚も仏壇もあった。そのどちらの行事をも程々に楽しみ、そう言えばクリスマスも祝う。現代なら割と当たり前な事か。とにかく思うのは、おそれ多い物事は、ボヤ〜っと曖昧である方が良い。まあそれも悪く言えば「ええかげん」かも知れないが、それがまた、他国にはあまりない日本特有の文化でもある。と、お伝えしたい。
ただ、多くの国民がほとんど全く知らなかったその異常さをマザマザと見せ付けるのは、あるいは「このままではマズい」という警鐘を鳴らすという意味での策かと考えられなくもないが、よもやあの森、小泉前首相がそこまで深い策を練るとも考えにくい。そもそも、であるなら「皇室典範改正問題」や「実はアメリカンスタンダードであるグローバルスタンダードなる詐術」に騙くらかされ、ホリエモンや村上の様な連中の元祖たるファンド・ペーパーカンパニー(ハゲタカ)らに『三角合併』等に見られる「日本企業を叩き売り状態でみすみす乗っ取らせかけた」様な事象は何だったのだ、という事だ。従軍慰安婦(実にタチの悪いイチャモンで捏造)やら靖国神社参拝問題(大きなお世話)なども、はっきり事実や立場を内外に説明し分からせておけば良い事なのだが、結局確たる思索や知識が無いから、「心の問題」などと外国人にはまず絶対に良く分からん様な説明に終止し、ギャーギャー騒がれる中参拝せねばならなくなる。
これについてまた少し寄り道する。
従軍慰安婦、これは既述した通り、軍人さん目当てに付いて回る売春業者の商売行為であり、それを何でもかんでもゴチャ混ぜにして嘘をついてはいけない。須らく官製売春など無い。性奴隷だなんて物凄い言葉を使うが、ならばその娼婦の方が士官、下手をすれば将校の年収より余程も稼いでたのを知らないで言っているなら随分ではないだろうか。
確かに売春、今で言う所の風俗は悪い事かも知れない。しかし今現在ですら売春(風俗)が無い所なんて世界中にありますか?これだけ豊かになった日本やアメリカ、欧州や、それこそ韓国や台湾、チャイナでだって無くなりはしない。むしろ山の様にあるさまは確かに人間の醜い部分だろうが、それはもう業、人だからとしか言いようがない。
もしそこからも焦点をすり替えて、その民間売春があったのが許せないと言い出すのならば、その「人の業」そのものをどこか一つだけの国に被せ、ピンポイントに非難攻撃するのはフェア、公平じゃないのではないですか?と言いたい。そんな意地汚い事ばかり言っているならばいずれ、ベトナムや朝鮮戦争当時の韓国北朝鮮のそれ、国共内戦、文革やら国内外人権問題(このチャイナの問題は過去でなく現在進行形なので絶対にやめさせねばならないと強く思うが)など、ツツかれたく無いだろう事柄も持ち出される様になるだろうと思う。
だけど、そんな不毛な争いをして何になる、余計な恨みつらみを増やすだけだ、と私は思うのでね。
また靖国神社参拝については、
やれ分祀だA級だB級だと、これについても反論出来る事は山ほどありますが。大日本帝国時代の植民地(この認識も違う)の御先祖様を勝手に祀(まつ)るな、と言われても困惑してしまう。だったらその御先祖様の気持ちはどうでも良いのですか、と。
あのアジア、アフリカを始めとした有色人種にとって受難の連続だった時代に、色々ありながらも共に戦った御先祖様達の想いや気持ち。それはどうでもいいのかな。今となってはその御先祖様達の言葉を直接聞く事も出来ないけど、未来を預かるその子孫として、感謝しお祈りを捧げるのがそんなにも迷惑ですか?
私にはそうでない様にも感じ、そう思う時、ああ、本当は仲間なんだよな、仲良く出来ないものかと優しい気持ちで捉えられるんだけれども。
まあ、私としては、そんな細かい事も本来どうでもいいんです。ただあまりにも不条理な言い掛かりには黙っていられないというだけで。
帝国当時も何系民族も関係無く御先祖の皆様が平等に祀られている。それでいい。
我々は長い歴史の中の一時期であるあの時代、御先祖様達が苦労された諸々の上で今を生きている。今があるのを感謝し、また辛く悲しい出来事は二度と繰り返したくないと、その歴史を風化させぬ様に心に留めておく。それだけだ。
しかしそれも、ただただ残念なのが、「どうか安らかに…」とはとても言えないくらいに騒がしく喧しい事自体に他ならない。
だいたい、神道に限らず日本の宗教観ってのは本来もっとおおらかなもんだと思う。例えばうちには、神棚も仏壇もあった。そのどちらの行事をも程々に楽しみ、そう言えばクリスマスも祝う。現代なら割と当たり前な事か。とにかく思うのは、おそれ多い物事は、ボヤ〜っと曖昧である方が良い。まあそれも悪く言えば「ええかげん」かも知れないが、それがまた、他国にはあまりない日本特有の文化でもある。と、お伝えしたい。
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COMMENT
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