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書き綴っていたもの、某所にて公開していた随筆を(幾らか整理して)新たに開設公開。こちらの方は時事や政治、歴史や文化カルチャー等の話が多くなっております。(気分一新大規模改築。ほぼ整ってきたかな。ただ、過去原稿移植は進まず…)全エントリ一覧はまだ設置されていないので、ご不便をお掛けしますがカレンダー及び時系列アーカイブ等から飛んで頂くようお願い致します。製作は大変だねぇ…
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<博打>

酒、煙草とくればまあ次に博打もある訳だが、
これについても大体、特に見ておくべき、改善せねばならない点は先に述べておいた。(※右上リンク)伏魔殿の親玉と手下犬(特にカルトなど)については重複に重複を重ねまくっているが…(本当に疲れる…この阿呆どもは/苦笑)

まあここの部分でもその伏魔殿親玉と手下犬に繋がっている事は述べていた通りだ。
その様に、ここでまず特筆するならやはりそのパチンコなのだろう。

が、その注目すべき伏魔殿犬問題(親玉の対立構造プログラムとその犬、カルトと闇と半島エゴ、と省略するならそういう感じだ。とにかく、よく知りもせずに巻き込まれている被洗脳者、子、子弟や一般人が気の毒なのである。)は既に概ね示したので、多くそちらに譲るが、それにしてもそのパチンコ業界にも本当にその伏魔殿の工作犬が多そうで困ったものだ。まあ何度も言う通り、バクチの内容がどうではなく、そもそもこいつらのやっている事(他業務/伏魔殿犬活動)が駄目なのだ。犬いぬ書き過ぎか、、(苦笑)。


まず、カルトと混成した様なその伏魔殿の犬活動は、既にそう述べた通りふざけるなというもので、これは許されるものでない。
やめさせねばならないし、悪辣ならどんどん取り締まるべきだろうし、本人達からもうやめろというのだ。そんなみすぼらしい行いは。


で、次のポイントは、
かといって「バクチ/ギャンブル」が全て悪いという訳でもないのではなかろうかと思う事。
これは上記の酒、煙草と同様の理由からである。何れもしっかりした規制は必要だが、そこまで徹底的に禁止する世の中というのも、息苦しく、ちょっぴり詰まらない。

故に、競馬や競輪、競艇や、大分毛色は違うがトトカルチョ(サッカーくじ)、宝くじみたいなものの様に、公営なり、しっかりした規制があり、その収益は基本的に国や地域の、皆の為に使われるべきである(今のそれらでも改善すべき点、よろしくない部分があるならこれはやるべきなのは同じ。)。

今のパチンコやパチスロというのは、先にそう述べた通り、明らかに違法である私営賭博の誤摩化し逃げ口上で差別利権そのもの、そしてカルトと混成で伏魔殿の犬がわらわら居着いてしまっている。もう問題があり過ぎなのである。博打どうの以前のレベルの問題だ


そして、これが蔓延している事(基本的に上記リンクを参照して欲しい。)。





 時に海外に出てみると、自分の事や、自分の国の事もよく見えて来る、といった事もある。
その様に、私も海外へ行ってウロウロしたり生活をして、感じた事も色々あるがその中で、これも強烈に感じた事がある。
それが、このパチンコやパチスロ店の蔓延する日本の状態である。

完全に異常だ。

これも多くの方々が指摘される事で、まったくその通り。
どこの地方の駅に行っても大概パチンコがある、ここまで津々浦々飯屋の様に賭場が点在する日本の状況は、完璧に異常である。

これは、必ず上記の問題と併せて解決せねばならない。


とりあえず、
海外では多く、博打のある国ではカジノ経営(公営)がされており、そのカジノは、国によればかなり大きなものもあるが、基本的にある決められた地域・エリアで許可され営業している。皆、博打に行くなら、「博打にいくぞ」と決めて、車なり電車でその街へ向かって行くもので、また、行かなければカジノには辿り着けない。地理的、そういった規制の在り方でのそれなりの、あくまでもそれなりだが、それでもやっぱりこの方がまだケジメはあるというものだ。仕事帰り、学校帰り、或いは「途中」、子供の幼稚園の迎えの前に、、とか、そこらじゅうにある賭場に人々がフラフラ足を運んで金をスッている様な状況はイカレていると言ってよかろう。これであるから、先に述べたサラ金・闇金とワンセット化してのサブ・プライム、貧乏人転がしみたいな物事がまた蔓延するのである

また、

その貧者転がしと繋がるキーである様に、博打というものには確かに中毒性がある
これはまず間違いない。実を言うと、私も一時期博打にのめり込んでいた事もあった(苦笑)ので、これは分かる。

そしてその客(中毒患者?)にはおっちゃんおばちゃん、年配の客も多いが、やはり本当に若者が多い。店の中を見ればまあ分かるが、朝、パチンコ・パチスロ店に並んでいる人達を見てみればいい。
現在のこの業界は、人々の活力や、貧者の生きる権利、若者の夢を奪う。

無茶苦茶である。

ちなみに私は、そこそこ博打は強い方でトータルでも完全に勝っていたのだが、しかしこれで勝つ為の努力を思えば(朝並び、何人か後輩の代打ちやその並びまで使い、一回の博打で10万20万の金を使う事もある。我ながら阿呆だった…)その活力を他に向けた方が生産的であると考えた事、また、上記冒頭からある悪辣な問題をより知り(よく言われる様に、また前のリンクで示した通り拉致問題関連もある)、無視出来ない所にまで来た時点で、一切止めた。博打は結構好きなのだが、これではもうとても打てないと思った。

以降、一度も打っていない。
博打自体やっていないのだが、無理矢理博打というなら、たまに宝くじを買うくらいである(笑)。



戻って、
これらが上記の様々な理由と併せて、必ず規制が必要である理由だ。
でなく、この様な野方図を続ければ必ず破綻が待っている。シャブ、は無論絶対駄目だがアルコールでも過ぎれば中毒化したり、急アルで命を落としてしまう様に。



私が述べていたカジノ構想というのも、こういった事を念頭に置いている。

カジノ構想を考えるべきである。
そして、今のこの無茶苦茶なパチンコ・パチスロ業界も組み込めば良い。
津々浦々、飯屋の様に点在している無茶苦茶なパチンコを、法規制、国策として廃しこれを集め(もう差別利権もいい加減にしろというのだ)、そして伏魔殿の犬として肥大化したこの業界は、上記の様な異常な状態と経緯があったから業界規模が肥大していただけだ、当然だがその様に縮小させたものを、諸々の改革と共にしっかりとした規制の在るカジノへ組み込む事である。

そもそも、これもそうだが、人々の消費やエネルギーというものは、何か一つの対象が無くなったら霧散するものでない。
必ず保存され、他の消費や人間の活動、エネルギー、夢などへと向かって行くのだ。


カジノ構想、これにパチンコも組み込むならその際には、汚げな、余計な問題(記述の伏魔殿犬、カルト、関連諸々)は必ず捨て去り解決せねば、せっかくの新たなカジノもよりよくて楽しいものにならない。

そして、特定の業者が暴利を貪る様な状況は、公営国営なのだからまあ有り得ないが、これも決してあってはならず、記述の通り収益は国や地方の為に使われればよい。競馬や競輪などがそうである様に。そうすれば、現在のパチンコ・パチスロ業で働いていた、そちらに移った人達も、胸を張って公営カジノで働く事が出来る。別に後ろ指さされる事もない


そうして国営・公営カジノが出来たのなら、
また行きたいものである。ポーカーやルーレットに花札、麻雀、賽子博打、日本のカジノならこういうものもありかも知れない(笑/ないかな?)。で、パチンコやスロットもそこにあったら、また打ちたいものだ。余計な事は気にしないで。
楽しい博打として、他のそれと同じ様に。


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<酒、タバコ>

そう言えば、煙草問題。
タバコについても色々揉めているというか、せめぎ合いがあるようだ。

ヨーロッパ、米国でもキャンペーンがある模様だが、
これについては確か何度か触れた様に以前から欧州では規制が強い傾向。
レストランやバーなども含め、公共の場での完全禁煙が進んでいる所も多く、故にスモーカーは、例えば真冬でもわざわざ店から道路に這い出して来て、ガタガタ震えながらプカプカやらなければならない(笑)。また値段の方も、円に換算して一箱1000円前後という国もある。

米国は、例によって緩和緩和なのでこれに反対する傾向が強いが、
確かビル・ゲイツやブルームバーグ(NY市長)とかだったか、その辺りはタバコ規制に賛成していた様だった。

またちょっと笑えたのが、そう言えばモルモン教が団体をあげて「タバコ・フリーダム」とかのキャンペーン張っていた(苦笑)



まあ、副流煙というのも理解出来るし、
確かにちょっと吸わないと他人の煙は大層臭いものである。
故に、吸わない権利というものが言われる様になって、日本でも大分「公」での禁煙化が進んでいる。

また、上記欧州での値段規制というのは税制でもあり、これはまた財源ともなる。
日本でもこれが言われていて、社会福祉目的税とするという意見もある。

まあ、妥当な所だろう。
ただ、安易に取り易い所から毟ってちっとも行政の無駄を正さない、と言われる意見はもっともで、これはその税制の所でも述べた通り、真の改革を進めて行く上で正していかなけらばならない。

その上で、(私は)記述の社会保障税の一つとして財源にすればよいとも思う。

要は値段だが、まず500円、700円辺りが限度じゃなかろうか。
別に根拠は無いが(笑)。


 第一に、そこまで完全に煙草を禁止するのならば圧倒的な毒性が科学的に立証された時だろう。つまり、なにかの嗜好品の毒性を言うならば、アルコールなども思い切りそうで、恐らく扱いとして似た様な位置だろう(やや酒がポピュラー)。人はアルコールで死ぬ事もある(※急性アルコール中毒やアルコール依存症などが、誰でもまず知っている症例だろう)

しかし、禁酒令やなんかの様に、嗜好品にまで何でもかんでも完全規制をし出したら、それはそれでしんどい世の中でもある。
ただ、飲酒による無謀運転や、要は飲酒運転などそういった副次的悪辣行為を厳しく取り締まる事だろう。

 煙草は、それにより発病率も上がるのだったら、恐らくまず間違いなくやっかいになる医療等そのぶんの社会保障税を払う、というのももっともだろうし、まして他人に副流煙を吸わせてしまう事も考えればある程度は仕方はない。こういった状態で、まあ嗜好品として吸う人の権利もちょっとは認めてやるべきだろう。そう、吸わない権利ももっともなのだが、猛烈な禁煙制の進み方だと吸う人は何処でも、ごく限られた個室で細々としか吸えなくなってしまう。

ただ、ここはまた科学の出番でもあるのでないだろうか。
優れた分煙機能の空気清浄機とか、分煙機というのも無くはないだろうし、その開発が進んでもいいのではないだろうか。
そうすればもう少し喫煙者も可能エリアが残されて(笑)、胸を撫で下ろす事もあるだろう。
それにこの技術・開発はその他の煙などにも有効なのだろうし無駄にもならないだろう。


ああ、私の立場というか状況を明らかにするならば、上記の様な内容で規制やむなし、とする、ちょっぴり喫煙者である。



日本の内政について、まあ何度も述べて来た事だが、外政とも当然絡むのだが人々の平穏、平和、幸せや治安といった意味でも、

何度も述べて来た事だが、スパイ防止法に併せ、

カルト規制法は絶対に必要である。

宗教界は無法地帯ではないし、そうであってはならない。




これらを野方図に放置すると、宗教界というのはカルトや下手をしたらテロリズム、或いはスパイや分断工作の温床になってしまう。
いや、世界では既にそうなっている。これは色々と示してきた。

集団エゴ、揮発性の高い歪んだ民族主義、労働力の収奪、脱税、営利目的、金欲、権力欲、(何だか、そのカルトでも最も汚らしくて書くのも嫌なのだが)性欲、あらゆる欲得、詐欺、恨みの念、(物理的、社会的、精神的)破壊欲求、

政治的権力指向・浸食形態の擬態型、スパイ関与、及びその偽装形態。

宗教界を無法地帯にしてしまうと、これら魑魅魍魎が跋扈する闇となってしまう。
これは、決してあってはならない。


 また、これはNGO(非政府団体)やNPO(非営利団体)等の組織においても同じ事。これらについては、非営利に社会に寄与するという目的により認定されたものが運営するのであり、また税制面でも宗教と同じく優遇される部分がある。これらのどれを鑑みても、その組織運営の透明性は必要不可欠の至上命題である(収支・財務状況も公開すべきだろう)。はっきり言うが、現在あるものの中には胡散臭いというか、怪し過ぎるものも相当あると思っておいた方がいい。まあ、あの(社民党の赤軍かぶれ、辻元きよみ辺りがウロチョロしている)ピースボートなんかもそうだ。

 また、そもそもカルトという言葉の指す意味が、日本においては「新興宗教」という狭い意味で定着している面もあるが、ヨーロッパ等ではこれは別に宗教のみにかかわらず前述の反社会的団体を指す。例えば環境カルトなどと呼ばれるものもあって、例のクジラ漁反対のエゴをテロ紛いに行なうシーシェパードといった様な団体や、またグリーンピースというのもよく言われる。



<食文化摩擦/煽動?>

 ついでなのでこれも述べておくが、食文化についての超主観によるエゴ・ゴリ押しというのは、これも文化摩擦というか、その様な過激で分別のない行ないは違う方向での確執にまで飛び火しかねないものだと何故分からないのだろうか。例えば、クジラなどでは日本やノルウェー、アイスランド、ロシアなど、捕鯨国は国際的にも34カ国(国際捕鯨委員会加盟国82カ国中)もあり、何と米国などは捕鯨反対しているくせに捕鯨国であるという(本当に何なんだ、この国は)。また、カナダは捕鯨国で、この委員会を脱退しているともいう。

 そもそも何で捕鯨に反対しているのか意味不明だし、単なるバッシングや、団体のアピール商法、外交カードに使うか確執でも煽りたいのかとすら考える事も出来ようか。もし、可愛いからとかいう理由なら、まあ分からんでもないが、なら「牛が可愛いから食うなボケ」と言われたら彼等はどうするのか?或いはヤギでも羊でも鳥でも豚でもいい。こんなものは単なる「スーパーエゴ」である。例えば、クジラのほかでもイヌイットのアザラシ漁や、例えば他にも韓国朝鮮である犬食や、チャイナでも犬や猫まで食すとも聞く(チャイナ料理は、正に何でも食べると聞いたが)。確かに、その辺りは食べないし、私も犬も猫も大好きで、そのペットとして慣れ親しんでいる事が多い辺りの者からすれば、ええ…可哀想、とも思うが、それはやはり文化なのであまりにとやかく言うべきものでないだろう。例えば、連れていた犬や猫を誘拐されて食べられたとかいうならシーシェパード並に激怒して構わないだろうが、幾ら何でもそんな事をする訳も無い。また、
そもそも、牛が神聖な生き物で非常に大切にしている地域の人々からすれば、食べまくっている実に多くの地域の私達(欧米、ラテンアメリカやアジアやロシアや色々な地域で)は非常に野蛮に映っているかも知れない。そういう言い方をするならば。

こういった問題は基本的に地域の食文化と主観、エゴの問題である。
まあまた、カルトらしく確執煽動という線も、これまで見て来た事から充分有り得る。



<戻って>


所で、
ヨーロッパでは反セクト法(カルト規制法)が概ねあり、多く対スパイ法も存在するが、先に見た様に米国などもカルトがたっぷり、日本などにおいても驚くべき事にことごとくザルなのである。というか、これらがほぼ未制定という有様だ。故に、カルトに関する様々な問題は後を絶たず、増加の一途を辿っている。スパイ関連も同じ。むしろこれらは、前述の通り偽装可能で実に絡み合うのである。特に民主国家で(いや、別に民主国家じゃなくてもそうなのだが)、同じくこれに不備がある所はきちんと考えて対処した方が良い。

一連の悪化モラトリアム、対立構造プログラム。

このスクリプト・プログラムに完全に組み込まれているカルトは多いと見てきた。理由は今まで散々述べて来た通りだ。
この不埒なプログラムを解除するにあたり、その他諸々の対処と共にこれらにもあたらねばならない。
そう、もう嫌という程述べて来た様にそんなものは必要ない。

それらは前述上記、以前からも切々と述べて来た通り、人々が平穏に、穏やかに和み融和していく上でも完全にその隔壁障害となってしまう。
そのほとんどが結局何なのだと言えば確執を産み、煽る様なものであるから当然である。

そんなものは要らない。あってはならない。

無くても、いや、無い方が必ず、皆が穏やかに、
普通にもっと楽しく生きていける。
それはそうだ、だからわざわざ闇を振り撒き確執を煽る様なものなのだから。



そして、カルト規制が為されてその集団の闇が解かれた時、その個が地域・社会に受け入れられる為に人の許す心も必要である。
それは、その個人がそのカルト活動から脱却しているという前提が重要であるが、ここから脱しても、世の中が受け入れないのであれば、その人々は行き場を失ってしまう。或る種、カルトとはそもそもそういった行き場の無い人、人の弱みや闇に付け入る隙を見出すものである。
寛容が無ければ、これもまた成り立たない。



カルトは、宗教が存在する為に、政治という理性が規制を掛けねばならない、最低限のルールの部分である。

そして宗教は政教分離の倫理を守り、政治とは距離を置き、穏やかに、緩やかに、

人の心の底流に流れる優しき大河の様であって欲しい。

それは別に、

大海へと悠々に流れる大河であっても、

小川のせせらぎであっても、

苔蒸し緑や岩から注がれる山岳、森林の清水であっても、いい。


それが人々の信教の或る種、自由である。


(※実はこの項目も随分前に書いていた、用意していたものなので、多少前後の齟齬があるかも知れないが悪しからず。)




 大宿題の一つである社会保障費については、保険(徴収)方式という形で、少子高齢化という事象を踏まえた保険形態・現状認識としての問題点、未納問題という致命的な問題点、そういった破綻状態をふまえ、このままダラダラと負の加速度がついた問題を放置するのは絶対によろしく無い。財源徴収のロス、未納には方式そのものへの不信や社保庁の悪辣な実態露呈による憤怒があり、このままでは本来あるべき財源確保のロスと納入者未納者の不公平や、後にそれを補填するインセンティブを考える時にもより大きな納入差額が懸案となる、それらの負の加速度が付いている。

 以前から何度も指摘しているが、現在の少子化問題にしても(これは結局、国民総生産にも影響するよね)、例えば景気の伸び悩み、消費冷却、貯蓄過剰(市場の停滞)にしても、それらの根底には何が潜んでいるかと言えば、将来不安なのである。世間でよくいう所のセーフティネット。つまりは結局、「この将来、もしちょっと何かがあった時(ex 怪我・病気した、事業に失敗した、リストラされた、失業した。ローンがあるのに、子供が3人も4人もいるのに、、、そもそも老後も本当に大丈夫なのだろうか,,,)にでも、最低限、人間らしく生きて行けるだろうか」という社会保障に対する不安である。それが閉塞感を産む。

現状を鑑みると、年金、医療、福祉等の社会保障費というのは、私は、もう保険方式から税方式に切り替えていくべきでないかと思えてならない。

その上で、その租税を統合して出来るだけ明瞭に、解り易く簡素化し、必ず財源を確保するべきである(税なのだから、これは義務となる)。
これが本当に国民の社会保障を為し、諸々への不安、閉塞感を打破していく。

安心して生きる事が出来る。子をもうける事が出来る。
老後やアクシデントに際する未来への不安に起因する、貯め込んで貯め込んで貯め込まなくてもそれなりに安心して消費できる心的・物理的保障。
金も回る。(※リンク

こういった、確かで、明るい未来への目標、そしてその方法論を国民に示し、ちゃんと説明すれば、私はこれが理解されると思う。

負担はしたくない、だけど保障はしろ。
しかも厚くしろ。減税減税。これでは成り立つ訳がない。
人が人として最低限、人間らしく生きてゆける為に、確かな社会保障を確立するには負担は必ず必要なのである




 消費税大幅アップを含め、これら税制の改革を論ずる上で反対論を張る人達は必ず、「行政の無駄のカットが必要で増税は許されない」等と言うが、そんなもの(行政の無駄カット云々)は当たり前の前提である。資源エネルギー効率も同じ、エネルギーのロスは何れにおいても改善すべき点で、常にやるべき事であり、その一点においては決して間違ってはいないが、これのみにより財源が確保できると言う様な論調はリアリズムが欠如している、と思う。だったらせめてその確たる数字を出さねば。だいたいからして、

じゃあ道路だとか諸々の公共事業投資をカットしようと言えばどっちかがそれはならんと言い、
じゃあ無駄、或いはコストパフォーマンスの低い部署をカット、及び「人件費」をカットしようと言えばまたどっちかがそれはならんと言い、、、


つまり背任であるロスはどちらであっても抑える事が出来るし必ずやらねばならないが、結局はプライオリティー、取捨選択の範疇にあるものは必ず意見がぶつかってそこまでの効果は、現状として実に出にくい。それでそこまで劇的に財源が確保出来るのか、という事である。(ただ、私はもっとやれると思うが。)


それと、

最近、埋蔵金だとかいうのが流行ったもので、
それは何かと言えば特別会計からの捻出という事だが、
外貨準備にしても何やら基金、公庫等にしても、結局それらは大体ストックを使う様な話で、そんなものを年度予算に組み込んで何とかなる、というのは極めて刹那的な方法論で、こんなものは私はやるべきでないと考える(※この部分についても以降相当述べた様に関連リンク『家計から世界へ』。どうせやるなら、債務償還か、先に挙げた国家ファンドといったストックの運用等で、それらの目的も(他角度からの情報収集と分析等といった可能性、経済活性、他)まずは債務償還へと向けるべきだ。そしてこれらは、経済や金融、通貨の信用度を担保する。つまりは安心感を産むのであり、昨今の世界的な経済・金融不安(からスタグフレーション状態)というのは中東に対する不安、直結しての供給不安など極めて多くの事象が絡み合って起きているとしたが、一方であるのがその最たる例であるサブプライム・ショック等にみる米国のものを見ても分かる様に、何度も言ってきたが、信用不安なのだ。


つまり、これ(財政における歳出カット<ウェイトの変化>と歳入アップ)は対立し相殺する様な問題でもない。
両方やればいいだけの話、必要条件とのバランスである。

故に財政状況を鑑みて、
その前に必要である前提条件が、プライマリーバランスの黒字化→財政再建である事にも変わりはない。








非常に小さな負担で厚いサービスを受ける、という理想の為には、それは科学技術の進歩革新が鍵を握っている。
人間社会のコスト、サービスの廉価化、生活レベルの底上げは最終的にはエネルギー問題に帰結する部分が、私は、大きいと思う。というののは以前述べた通りである。しかしそこでも無駄は省いていけば良いのであり、そういった境地に辿り着くまでは、相当分、必要不可欠な問題でもある。


基本的には地球温暖化・エネルギー問題と極めてリンクすると感じる。
そこに辿り着くまでは特に、両方必要なのであり、例えば先進国の中で唯一非協力的である(あった?)米国や、成長第一で環境(温暖化)規制には一切タッチしたくないとワガママ言うチャイナやインドなどの途上国というのは、極めて問題であるのだ。何度も何度も指摘しては注目してきた、まあ、エゴというものそのものである。経済成長、経済成長とまた自己利益・エゴ丸出しで近視眼的に盲進する事で、「地球」という人類が生存してゆく為に必要である環境、ハコそのものを破壊してしまったら何にもならないのだ。本末転倒である。

例えばこれは、イデオロギーや宗教などといった、人が幸せに生きる為の方法論で殺し合う様な本末転倒と同じである。


「地球」という決まったパイでの循環を考えねばならない。

それは科学と政治的な知、努力が相互に補完し得る形を目指すべきであり、どちらかのみに押し付ける話ではない。

そして、何度も言うが、自由とは最低限のルールの上にある。

本当にそう思う。




<08/7/25>

ヒートアイランド現象に対する対策としてビル緑化等もそれはそれで善いとは思うが、太陽光発電パネルをより推進するのもありだろう。
他の熱遮断対策と比して緑化は低温化に光合成による炭酸ガス消費から酸素排出という利点もありこれは大変善いものだと思うが。景観にも良いか(笑)
その旺盛な太陽光、熱エネルギーを全力で電力エネルギーへと転換してしまえばこれも大変良い。既に多く推進されていると思うが。

以前更に進める上では宇宙パネルだと述べたが、当然地上モノも現状としては当然多く推進すべきだろう。(※関連リンク

不毛な砂漠に相当数のソーラーパネルが一面に設置され、このパネル保守だけで常にエネルギー供給が出来るこの構想も非常に意義があるかと思われる。このエネルギーをもって水資源へのアプローチも有り得るものだとは以前も述べた通りだ(※これはつまり海水の利用等を意味する)。これらの技術も日本は抜きん出ている。技術から技術者から、多いに請け負ったらよいかと思う。アフリカ大陸などもね



エネルギー廉価化による総体的な人類全体の生活レベル底上げ。
エネルギーの奪い合いの境地から人類が脱すれば、高いレベルでの最低保障、高いレベルでの発展を望む事が出来る。

これこそ凄まじい「底上げ」である。




例えば、

リッター180円で10キロ走る車が、将来的に電気自動車となって5円で10キロ走ってみなよ。
単なる例だが、これによるコストは36分の1となる。輸送コストが36分の1になったら。運送業のコストが36分の1になったら。その他、今回の原油異常高騰により大きな被害を被っている辺り、運送・運輸、食料品関連、農業、漁業、諸々に大きな恩恵をもたらす。

月に5000円かかっていた電気料金が30分の1でも167円。その他インフラ公共料金も比例して軒並み下がる。下げる事が可能となる。

新幹線やリニアモーターカーなども実に手軽に利用出来る事となり、リニアならば東京ー大阪間は完全に「通勤可能圏内」となる。
新幹線が東京ー新大阪で15000円程度が10分の1で1500円。20分の1ならば750円。
これは現在のJR在来線で東京ー八王子間より安くなるか同じ位の話になるか(幾らだか良く知らないが)。


ワクワクしてこないかい?^^





人々は働き、また多くの休日を得る事も充分可能な社会となる自由選択、
遊び、旅をし、食べ、飲み、学問、勉強、芸、スポーツ、武道、


必ず宇宙展開も成し遂げるだろう。

いつか誰しもが月や火星などにも旅行に行ける様になる。


そして色々な夢をみる

何れもの研究、追究というものが大変高レベルになってくるだろうか。

プロフィール
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陣 ~ Jin ~
性別:
男性
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音楽が好き。猫の様な性格
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